昨日のヤフーニュースだったでしょうか?心電図の警告音が70分間鳴り続けていたことに誰も気がつかず、結局容体が急変し亡くなった方がいた、という記事を読んで複雑な思いを持ちました。
私は今から35年以上前に教員になりました。初めて採用された高校は定時制高校で、昼間は働き、夜5時半から9時近くまで学校に来て勉強をするという子供たち(私より年齢が上の方もいました)を教えました。
私は大卒でしたが、生徒の基本的な資格は中卒です。従って専門の理科の知識は、私が勝っていましたが、当然ながら人生経験においては、生徒のほうがはるかに勝っていて、いろいろ教えられました。
そんな教え子の中には、地方から上京して准看護士として働いている女子生徒も何人かいました。授業の合間や休み時間、定時性特有の給食時間等に彼らの就業実態を聞いたことがありましたが、ともかく大変の一言です。
夜勤明けに昼間仕事をして、そのまま学校に来るなんてことが普通にあったようで、要するに24時間ほとんど眠らず、仕事と学業を続けるということです。そんな彼らが授業中に寝ている姿を見ても、私にはそれをとがめる勇気がありませんでした。
結局日常的にそういった苦労を積み重ねるため、卒業生は入学時の半分残っていれば良いほうでした。なんともすさまじい教育現場だなと感じていましたが、逆に卒業式のうれしそうな姿は、全日制の卒業式の比ではありませんでした。
そういった観点から、今回のニュースを見ると、当直の看護師さんは3人で、41人の入院患者と対応と書かれていて、いくら深夜とはいえ、5人の容体が同時に変化したら対応できないだろうなと感じました。
県立の医療センターですから、それなりの待遇で人も揃っているのかなと思えますが、結局病院も最後はコストの問題があり、人件費という観点から、人はなるべく少なくという経営方針にならざるを得ないのかなと思え残念です。
私の妻が悪性リンパ腫で入院したとき、最初の頃の病室はナースステーションに近い場所だったため、深夜まで看護師さんが動き回っていて、なかなか眠れなかったと言っていました。
つまり一晩中ほとんど休むことなく働いているということで、その労働環境に頭が下がります。と同時にそのような病院が多数存在するんだろうなと思うと、これから先の超高齢化社会はどうなるんだろう?と心配になります。
もちろん今後の自分自身の体力や衰えの状況にも寄りますが、場合によっては海外移住と同時に海外で最後を迎えるという選択肢もあるのかなと思えるようになって来ました。
今後こういった問題がニュースになるたびにこのことを思い出しそうです。