「メジヘラ」との出会い

 吸入の効果は一時的なもので、喘息の根本的な治療にはなりませんでした。一方このころ喘息の治療薬は格段に進歩をしたようです。

 それまではネオフィリンという薬だけだったのが、急にいろいろな種類の薬が使われるようになりました。もちろん私もいろいろな薬を飲まされました。しかし小学生の頃ですし、今のようにいちいち薬剤の名前を教えるような丁寧な治療は行われませんでした。

 「じゃあ、今度はこの薬でどうでしょう」みたいな、ある意味では人体実験です。いろいろな薬を飲みました。今ネットで検索するとテオフィリンとかアミノフィリンとかの語句が記憶の片隅にありました。でも実際に飲んだかどうかは分かりません。

 小学校高学年になった頃、いつもの医者が「ひじょうに良い薬が見つかった」と言って、「メジヘラ」という携帯吸入式の気管支拡張剤を紹介してくれました。

 これは驚くほど効きました。発作が起きると、吸入器を口にくわえ、深呼吸と共にピストンをぎゅっと押します。すると口の中に霧状になった薬剤が送り込まれ、それを吸い込むと、それまで苦しくてゼイゼイいっていた喉がたちどころに楽になる魔法の薬でした。

 しかし当然良く効く薬は、逆の副作用も強く出ます。使いすぎは心臓に負担がかかって、場合によっては心停止に至ることがある、という説明も受けました。

 ところが実際は、この薬は麻薬のようなもので、発作が出るとしゅっとやれば治りますから、出るたびにシュッを繰り返せば、当然使いすぎになります。

 使い始めた当初は、あまり真剣に医者の注意も聞かず、ただただ発作が楽になることを喜んで、常に宝物のように持ち歩いていました。

 今頃騒いでもしょうがないのですが、メジヘラは本当にものすごくよく効く薬でした。発作が始まっても、シュッと一息吸い込めば数分で楽になります。この爽快感というか、苦しさからの脱却は喘息患者にとって魔法の薬でした。

 ただ残念なことに、薬の持続時間は1時間から2時間ぐらいだったと思います。また発作が激しいときは1回では効かず5分おきぐらいに、2回、3回と連続して使うこともありました。

 もちろん医師からは使いすぎは体に良くない、心臓に負担がかかるという警告を受けていましたが、じゃあどのくらいでやめればいいのかとか、どのくらい間を開ければいいのかという具体的な指示は、ほとんどなかったと思います。

 もしかすると新薬だったので、有効な臨床例がなかったのかもしれません。

 その結果、私もそうでしたが、当然発作の苦しさから逃れるために、必然的に使用回数が増えます。1日に20回も吸入した日があったと思います。

 子供でしたので、まだあまり理屈はよく分かっていませんでしたが、息を止めてシュッと一息。苦しい呼吸をなんとかなだめて薬剤を吸い込みます。

 するとしばらくして喉が楽になると共に、心臓がドクンドクンと音を立てます。あの動悸は、ある意味薬が効いてくる兆しであり、一方で心臓への負担の警告だったと思います。しかし苦しさには勝てません。どうしても吸入に手が伸びます。

 そうこうするうち新聞に喘息の吸入で死亡という記事が出始めました。両親もようやく吸入の危険性に気がつき始め、なるべく使わないようにと言い始めました。

 しかし私にとっては宝物であり救世主でした。どんなときにも1分たりともこの薬を手元から離すことはしませんでした。今の子供達の携帯みたいなもんです。



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